神田沙也加 自著「Dolly girl」に母・松田聖子の写真なし

神田沙也加さん(28)の初の自著
「Dolly girl」(宝島社)が1月23日に発売されました。

神田沙也加…といえば、
昨年の「アナと雪の女王」(アナ雪)
のブレイクが記憶に新しいところです。

神田沙也加

半生紹介そして13ページにわたるインタビュー

このインタビューでは、
生い立ちから「アナ雪」でのブレイクまでを振り返っています。

松田聖子(52)・神田正輝(64)という
ビッグカップルの長女として生まれた沙也加は
両親の離婚を経験しつつも、のびのびと生活していたそうです。
 

それが一転したのが、
松田聖子がアメリカに拠点を移した時期だとか。

中学生の彼女は継父とともに渡米するかどうか…を悩んだ彼女は

日本での寮生活、

血縁のない親戚のもとからの通学、

聖子が暮らすロスの学校への編入、

日本の中学校への再編入

という複雑な経緯をたどることになりました。

いわく、

その頃の写真を見ると、全ての顔が引きつってるんですね

松田聖子の娘…というだけで色眼鏡で見られるし、
意にそぐわない転校やら編入やらを繰り返したのですから…

そりゃあ、いじめられるし、ひきつりますね。
継父との関係も含め、こんな時の悩みを相談できたのは、

母・聖子ではなく祖母・一子さんだったようです。
 

ともかくこうして、母娘冷戦の遠因が育まれていたのでしょう。
 

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2002年に歌手デビュー、その後

彼女はSAYAKAとしてデビューし、
シングル4枚アルバム1枚をリリースしましたが、
周囲の期待に応える結果を残すことはできませんでした。

そもそも周囲は猛反対していたようです。
母親が偉大な存在故に、同じ道を選んでも比較されて辛い思いをするだろうと…。
 

矢先、SAYAKA名義を仕切りなおすべく、
留学を勧める話があったそうです。

しかし彼女はそれに対抗しミュージカルのオーディションを受けはじめ、
宮本亜門演出の「INTO THE WOODS」で役を勝ち取りました。
赤頭巾役です。

そこで宮本亜門に言われた言葉「あなたはあなたでいいんだ」は、
彼女を強くしただろうし、後の「アナ雪」と共通する感がありますね。
 

その後、(離婚歴のあるギタリストとの)交際、
親子喧嘩等々の紆余曲折を経て彼女は休養します。

その間、ニューヨークやロンドンで舞台を観て学ぶうちに、
母・松田聖子とは違う道を歩むことを決意したのでしょう。

この頃から徐々に舞台や芝居に志向し、その勉強を重ねていきます。

その間、休養に怒った松田聖子から仕送りを止められ、
毎日カップ焼きそばで過ごした時期もあったとか。

人ひとりが強くなるための、まさに「下積み」です。

休養あけ、母が決めた芸名“SAYAKA”ではなく
本名の“神田沙也加”を名乗った意味は、
準備万端に実力を蓄えた彼女自身の「決意」に相違ないでしょう。

神田沙也加の今後

SAYAKA名義でデビューした際の空回りや、
その後の下積み(?)時代を経て、
昨年までは誰もが忘れかけていた神田沙也加ですが(失礼!)、

この本も含め昨年に至る経緯を紐解くと、
そこには彼女の「がんばり」と「成長」を感じることができました。

が、しかし、 ひとつ、気になることがあります。

神田正輝とのツーショット写真があるものの、
松田聖子の写真は一枚も使用されておらず、

そもそも名前は文中に一箇所しか登場しません。
父神田正輝、母松田聖子の間に、1986年10月1日長女として生まれました
この↑一箇所だけ…という徹底ぶりです。
 

あちこちのコラムなどでは
「聖子が仕事や恋愛に邁進するあまり、
振り回され続けたことを(沙也加が)許していない」云々と書かれています。

本当のところは自分には分かりませんが、
仮にそうだとすると、少々悲しいものがあります。

だって、 昨年の紅白歌合戦で、
神田沙也加の熱唱に、松田聖子は涙ぐんでましたから。

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