鶴久政治が「しくじり先生」で「俺みたいになるな」と! しかしチェッカーズ「夜明けのブレス」作曲等の膨大な印税が…。

チェッカーズ鶴久政治
「しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間SP」(テレビ朝日系)
に登壇しました。

鶴久政治@しくじり先生

“楽なポジションにいたら、空気みたいな存在になっちゃった先生”
として授業を展開し、

チェッカーズ解散は知らされていなかった
決定事項として教えられた

…と告白しています。

鶴久政治@しくじり先生

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チェッカーズを支えたサイドボーカル・鶴久政治

「しくじり先生」という番組のコンセプトは
「人生を盛大にしくじった人から「しくじりの回避法」を学ぼう!」
です。
さまざまな分野の「しくじり先生」
自らと同じ失敗を犯すことを未然に防ぐ「反面教師バラエティー」

しくじり先生

11月30日放送分には鶴久政治が登壇しました。
「それ、誰?」ってアナタ…
“チェッカーズ”は聞いたことありませんか?

チェッカーズ

チェッカーズは1983年にデビューしたバンドです。
84年「涙のリクエスト」の大ヒットでブレイク。

その前の曲「ギザギザハートの子守唄」
次の曲「哀しくてジェラシー」
とともに3曲同時のチャートインを遂げるなど
国民的に人気のあるバンドとなりました。

鶴久政治は、チェッカーズのサイドボーカルのひとり。
 

“空気みたいな存在”って…いなくてはまずいでしょ? 鶴久さん!

コーナー開始とともに、鶴久政治
大ヒット曲「涙のリクエスト」における
サイドボーカルのパートのみ
を歌いながら登場。

「ハモりでなく、メインも歌ってください!」
のツッコミにも負けません。

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鶴久政治@しくじり先生

どうも! しくじりサイドボーカルの
元チェッカーズ・鶴久政治です。

チェッカーズのメンバーは7人で、ボーカルは3人体制。
現在でも大人気の藤井フミヤ(当時:藤井郁弥)がメインボーカルで、
鶴久政治は、サイドボーカルを担当していました。

曲によってはキーボードも手がけます。
チェッカーズ以前は“50’s”なるバンドでボーカル担当。

チェッカーズ

ブレイクしたチェッカーズはヒット曲を連発し、
髪型やファッションへの影響などは一種の社会現象に。
しかし、鶴久政治は、こう告白しました。

当時、自分はチェッカーズにとって、
いてもいなくてもいい空気みたいな存在だった。

鶴久政治@しくじり先生

これは「楽なポジションに甘え、率先した自己主張をしなかった」
ことが原因だと自己分析しています。

どういうことでしょう?
 

事なかれ主義が生んだ“鶴苦ロード”。しかし印税は…

鶴久は高校入学前のダンスパーティーで、
藤井に誘われチェッカーズに加入しました。
当初は
4人いるメインボーカルのひとり
…というポジションでした。

しかし、デビューが決まると(鶴久の)知らないところで
藤井郁弥=メインボーカル
鶴久政治、高杢禎彦=サイドボーカル

…と決まっていたとか。

初のレコーディングの際、
自分の曲を藤井が熱唱し、自分への割り当ては
「う~♪わ~♪」というコーラスパートのみ。
つまり自分はサイドボーカルのひとり。

チェッカーズ

それを鶴久は受け容れてしまいました。

楽だし、まぁいっか!

一種の“事なかれ主義”な決断でしたが、
それは“空気のような”長く苦しい人生のはじまりでした。

デビュー10年近くを経ての解散も「決定事項」として知らされ、
1992年の解散直後から仕事は激減しました。
「どうせ再結成するでしょ?」との淡い期待も
続々発生する重大事件に打ち消されます。

鶴久政治

鶴久はそれを“シルクロード”になぞらえ、こう名付けました。

“鶴苦(ツルク)ロード”

授業では元“モーニング娘。”保田圭が共感をしめす一方、
“乃木坂46”高山一実
「このままだと、あなたは間違いなく“鶴久コース”です」
…と指摘されていました。

しくじり先生

そんなこんなで“空気みたいな”しくじりから
“鶴苦ロード”を歩み続けた鶴久政治ですが、印税収入は

家族が1年間生活をし、高級外車買い換えられるぐらい、毎年

あるそうです。

チェッカーズ@ミセスマーメイド

「ミセス マーメイド」「夜明けのブレス」
…あたりですね。200曲くらいあるとか。

いやはや。しくじってても、才能と実績があるなら…。
 

こういう↓才能もあるようです。一冊、どうですか?

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